ドラマ 日日是好日 感想

毎日が良い日

雨の日も、晴れの日も、雪の日も

その日その日に良さがある

日々その違いを五感で感じる

同じ日など一日もない

毎日似たようなことの連続

でも少しずつ違う

違うことの連続

だから日々その違いを楽しむことができる

それが日日是好日

ヒエラルキー下位に存在する人間の性欲に対する罪悪感

ヒエラルキー下位に存在する人間は上位のものよりテストステロンの量が少ない。そのため、性欲が少ない傾向にある。また、下位のものが性欲を発散する場合、罪悪感が生じる。これは動物界において自然なことなのではないかと考える。上位のものを差し置いて発散してしまうと権力によって迫害を受けつまはじきにされてしまう可能性がある。だからヒエラルキー下位に位置するものは罪悪感を感じるのではないかと推測する。

ここで、考え方の転換だがヒエラルキー下位の捉え方、性欲に対する意識の違いによってこの罪悪感を取り除くことができるのではないかと考える。

ヒエラルキー下位の捉え方について、そもそも上下関係などなく対等である。ただし、経験値の差によって仕事のできる範囲が広くなるため自分自身で作業するよりも人に指示を出す方が効率が良くなってくる。そのため、必然的に上司という立場になる。ただここには上下ではない関係だと考えることでテストステロンの減少を防ぐことができると推測する。

また、性欲に対する意識についてだが、性欲を感じること、その行為に罪悪感を感じている場合、苦しく感じることがある。性欲を感じることは生理現象であるためそれは当然のことだ。だが、行動については自分でコントロールできる。だから、自分をコントロールできていればそれでいいのである。もちろん、無用に性欲を感じるような行動を避ければ機会は減る。そのようにうまく取り扱っていけば全て上手くいくそう考えることにしよう。

自己啓発とビジネス書の違い

自己啓発とビジネス書の違いについて思ったこと。自己啓発書とビジネス書との定義が曖昧になっているがご容赦ください。自己啓発書では感覚的に表現された成功法則といったことが書かれていて、ビジネス書には論理的に考えた結果、統計的に出されたデータに基づいた論理での説明が書かれている。どちらも向いている方向は同じだと考える。ただやはり感覚的だとぼんやりしていて焦点が定まらない状態になる。ビジネス書の場合でもビシッとしすぎていて行動につなげにくい部分がある。コンパスなしでだだっ広い平原を目的地を探しながら歩く作業のような気がする。どっちも知っておいて損はないなと感じた。ただやはり全く見当違いのことが書かれているものもあるようなのでその部分については注意したい。これはどちらのものにも言えることだ。

日本語が最強のリベラルアーツ

物事を考える上で言葉が必要だ。そしてその言葉を使うための論理ももちろん必要になってくる。私たちが思考する時には日本語で思考する。つまり、どの分野でも場面でも思考する場合には日本語を使う。だから日本語を正しく使えるようになれば思考能力が深まるというわけだ。そんなわけで私は日本語を勉強している。

日本語こそが全ての分野におけるリベラルアーツなのである。

リベラルアーツとは文法学修辞学論理学の3学、および算術幾何幾何学、図形の学問)・天文学[注釈 2]音楽[注釈 3]の4科のこと。(Wikipedia:リベラルアーツ抜粋)

定義によると文法学、修辞学、論理学の三つに分かれているが私の言っている日本語はこの三つである。

日本語が最強のリベラルアーツ

物事を考える上で言葉が必要だ。そしてその言葉を使うための論理ももちろん必要になってくる。私たちが思考する時には日本語で思考する。つまり、どの分野でも場面でも思考する場合には日本語を使う。だから日本語を正しく使えるようになれば思考能力が深まるというわけだ。そんなわけで私は日本語を勉強している。

日本語こそが全ての分野におけるリベラルアーツなのである。

リベラルアーツとは文法学修辞学論理学の3学、および算術幾何幾何学、図形の学問)・天文学[注釈 2]音楽[注釈 3]の4科のこと。(Wikipedia:リベラルアーツ抜粋)

定義によると文法学、修辞学、論理学の三つに分かれているが私の言っている日本語はこの三つである。